カラパタールからゴラクシェプのロッジへ戻った後は、お湯をもらい、先日出会った日本人のトレッカーの方からいただいたカップヌードルを食べた。
これが涙が出るほど美味しかった。
寒いときは一杯の甘いミルクティーが、体を芯まで温め、元気にしてくれる。
旅に出ると、ましてや過酷な環境下である山の中ではなおさら、人間が生きていくために最低限何が必要なのか、シンプルで大切なことが分かってくる。
故郷の国で売られている、こんなささいなインスタント食品が、自分を幸せな気分にさせてくれた。
ずっと日本にいれば、なかなか気づけないことだ。
エベレスト・トレッキング9日目
いよいよエベレスト・ベースキャンプへ向かう。
この日は、ベースキャンプを往復し、戻ったらその足でロブチェまで下山するため、大きな荷物だけロッジに預け、朝早く7:30に出発した。
ゴラクシェプのロッジからベースキャンプまでは、氷河の横の一本道をひたすら歩いて行く。
カラパタールへの道とは異なり、傾斜はほとんどない。
そしてこのトレッキングの最終目的地へ向かっていることを意識すれば、自然と足は軽くなった。
この道を進んでいくときの、まるで子供の頃にやったRPGゲームのクライマックスシーンの中にいるかのような感覚は、決して忘れることができない高揚感だろう。
氷河はどんどん大きくなり、ときに遠くからそれが崩れる音が聞こえてくる。
目の前には白い壁が迫ってくる。
ここで、タンボチェから同じルートを進んできたブラジル人カップルとも会った。
お互い興奮を隠しきれない笑みを浮かべながら、進む足に力を込める。
遠くに黄色のテントがポツポツと見える。
ベースキャンプはもうすぐそこだ。
ゴラクシェプから2時間ほどでベースキャンプに到達した。
氷河の上に飛び出した、ゴツゴツとした岩場の上に、たくさんのタルチョとエベレスト登山隊の宿営地が現れた。
ずっと行きたかった場所。
見てみたかった景色。
空はペンキで塗ったかのように異様に青く、輝く大きな太陽の光が容赦なく顔に突き刺さってくる。
見回すと、雪に覆われた山々が、あたかも神の化身のように自分を見下ろしていた。
ここから先は人間の世界ではない。
死にたくなかったら今すぐ立ち去れ。
ここまで辿り着いた小さな人間達に、そう警告しているかのようだった。
そう、ここから先は神々が住む大地。
特殊な訓練を積んだ登山隊が、何日もかけて登頂に挑む。
それでも運良く天候に恵まれないとなかなか先へ進むことができない。
それどころか毎年数多くの登山者が命を落としている。
先日も日本人最年少で登頂に成功した女子大生が話題になったが、自分には信じられない話だ。
僕なんかには到底無理だろう。
いざ目の前にすると、エベレスト登頂がいかに桁違いに困難で危険なことなのか、自分の存在の圧倒的小ささ、無力さを、思い知らされる。
しばらくの間、時間が停まった。
僕はこの、現実離れした光景を、目に焼き付けていた。
色を、匂いを、音を、決して忘れてしまわないように、全身に感じていた。
何分経ったか分からなかったが、ブラジル人に肩を叩かれ、僕はハッと我に返った。
やったぜ、俺達は!
ベースキャンプに来れたんだ!
そう言って固く握手を交わした。
彼女の方は、故郷からタルチョをつくって持ってきていた。
エベレスト・トレッキングに行くのが夢だったいう、体を悪くしてしまった叔父さんのメッセージも書かれており、ここ、ベースキャンプにそのタルチョを置いてくる約束をしていたらしい。
彼女はスマホで叔父さんへのメッセージ動画を撮影していた。
人間は、強い衝撃や感動を受けると、目の前のことがうまく理解できなくなる。
時間が必要だ。
僕もこのときは、自分がこのトレッキングに挑み、見事ベースキャンプまで到達して、一体何を感じ取り、学んだのかはよく分からなかった。
ただ、確かに言えることは、おそらくこのタイミングで長期の旅に出て、アジアを回り、この場所に辿り着いたからこそ、強く感動できたんじゃないかということ。
学生のときや、休暇、転職の合間などであれば、感じたものはまったく異なっていただろう。
普通に景色に感動して、
エベレスト凄い!自然凄い!
で終わっていたはずだ。
僕は、日本社会でのまっとうな生活をいったん中断して旅に出た。
住所不定無職だし、帰るところなんて無いような状態で海外に放り出された状態だ。
そこで、ガイドもポーターも雇わず、チームも組まず、ただ一人で、人生を凝縮させたかのようなこのトレッキングに挑んだ結果、いろいろなことを深く考えることになった。
高山病で死にそうなくらい苦しんだ夜には、自分の弱さや、トラウマが蘇り、それと対峙しなければならなかった。
最後に辿り着いたベースキャンプで見た光景は、一瞬、僕の頭のモヤモヤを一気に吹き飛ばした。
今、時間が経ち、このときのことを振り返ってみると、僕はずっと過去の自分と闘っていたのかもしれない。
抱え続けていた影や闇の部分と。
半年間の旅中、何度も過去のことを思い出して考え、悩むことがあった。
日本で働いてたときもそうだった。
そしてそれから逃げるように先を急ぎ、旅を続けていた。
しかし、このトレッキングを終えてからは、これからのことを中心に考えるようになった。
僕は最終的に、過去に勝ち、抑え込むことに成功したんじゃないだろうか。
旅に出る前より、自分のことが少し好きになれた気がする。
だとしたら、この旅は自分にとって間違いなく良い成果をもたらした。
旅人は子供のようなものだ。
大人でも、旅に出れば子供のように無邪気になることができる。
会社に拘束され、仕事に追われていては不可能な思考ができるようになる。
僕は、そんな時間と場所を与えてくれた、旅に、山に、感謝しなければならない。
〜 完 〜
という感じで、たまにはちょっと格好つけて日記風に書いてみたわけですが、タイトルとかも含め、何か旅の最終回みたいになってしまいすみません。
この後も旅は全然続きます。
ていうかようやく旅の第1章が終わったくらいです、たぶん。
(ちなみにベースキャンプ後は、3日かけて一気にルクラまで下山しました。)
あといろいろ大げさな表現が散見されますが(まあ実際そう感じたから書いたんで嘘ではないんですが)、エベレスト・トレッキングはやる気と体力がそれなりにあって、健康なら、誰でも挑戦できますし、高山病に気をつけていれば普通にベースキャンプやカラパタールまで辿り着くことはできます。
ガイドやポーターを雇えばより簡単でしょう。
日本のご年配の方々も来られていましたし。
そのうちまとめ記事を書きます。
あ、それと、
↑この最初の方で書いた記事どおり、エベレストはとりあえずで決めた旅の前半の目的地だったんですよね。
ふなっしーと一緒に行ってきます!
とか言っちゃってましたし。
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ふなっしー置いてきました。
ベースキャンプに。
撤去されていなかったら、今もタルチョに埋もれてヒマラヤの美しい青空を眺めていることでしょう。
もしどなたか見かけましたら、僕の分身なので、いたずらしたり氷河に投げ捨てたりしないで、そっとしておいてください。
さて、そんなこんなでエベレスト・トレッキング編、意識高い系ポエム風やけくそ日記は終わります。
それでは、
山にありがとう
ふなっしーにさようなら
そして、全ての旅人(チルドレン)に、おめでとう
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