エベレスト・トレッキング5日目
タンボチェを朝8:00に出発。
昨晩は果たして自分がこのまま旅を続けるべきなのか考えてしまい、この日は何かモヤモヤしたものを頭の中に抱えながらスタートする日となった。
まあ、時間はあるのでじっくり考えればいい。
タンボチェの次に向かうのは、標高4,350mにあるディンボチェ。
ついに4,000m越えである。
タンボチェで既に富士山の山頂よりも高いところにいることになるが、それより遥かに高い山々に囲まれ、周囲には木々があり、川も流れているため、不思議なことに実感があまりない。
11:30頃にパンボチェという中継地で休憩した後は一気に先を目指す。
パンボチェから先へ進むと、ペリチェかディンボチェへ行くか分かれ道にさしかかる。
この辺まで来ると岩場だらけの光景が広がり、道が非常に分かりづらいため、迷わないよう注意が必要だ。
普段、午前中〜昼過ぎはいつも晴れているが、この日は早い時間から霧がかかり始めた。
前が見えず、道が合っているのか不安になってくる。
まるで自分の今の心境を反映しているかのようだった。
加えて、日が差していないので、かなり寒い。
極度の乾燥により喉が痛くなり、咳が止まらない。
体が重い、辛い。
ディンボチェのロッジに着いたのは16:00頃だった。
歩くペースがやや落ちている。
このときから嫌な予感がしていた。
ミルクティーとインスタントヌードルを口に流し込み、そのままベッドに倒れこんだ。
全身がだるい。
過去の記事も何度も書いているが、海外で一人の状況で体調が悪くなるととても心細くなる。
ましてここはヒマラヤの山中。
薬局や病院も無い。
さらにこのときのロッジには宿泊客が少なく、ひっそりとした雰囲気が自分の孤独感をよりいっそう助長させた。
一度ベッドに寝転がり、ブランケットを被ると、まったく立ち上がれなくなった。
頭がぼーっとする。
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夢を見ていた。
夢なのではっきり覚えていないが、トレッキング中毎日、朝晩書きおこしていたスマホのメモ帳を見ると、珍しく日本にいる自分の友人や働いていた会社の人達が出てきたようだった。
夢の中では、僕は大きなビルの中にいて、とにかく出口へ向かいたいのに道が分からず迷っている。
そしてビルの中の部屋で何かの作業をしている知人達に道を尋ねながら歩き回っている。
気づくと周りに誰もおらず、やっと出口を見つけるが、ドアを開けた途端目の前に海が広がり、その中へ落ちて溺れてしまう。
そこで呼吸ができなくなって目が覚めた。
時計を見ると夜中の2時だった。
凄い勢いで咳き込み、強烈な頭痛を感じていた。
咳が止まらず、気持ち悪くなり、トイレへ駆け込み、昨晩食べたものを全て吐き出した。
間違いなく高山病だった。
ついに本格的に症状が出てしまったのだろうか。
高山病は酸素濃度の低さに順応できないためにかかってしまう病気。
深呼吸を試みるも、喉を痛めているので、息を吸い込んでいる途中で咳こんでしまい、余計息苦しくなるという悪循環。
頭痛と吐き気、さらにインド出国時から続いている腹痛、おまけに強烈な寒気。
寝袋の上にブランケットを2枚かけているのに寒気が止まらない。
深夜の人気が無いヒマラヤのロッジ。
助けを呼んでも誰も来ないだろう。
自分は、もしかしたらここで、一人で死んでしまうんじゃないかとも思った。
やっぱり一人ではなく、ガイドをつけたり、仲間を見つけてくればよかったと後悔した。
完全に気が弱ってしまったが、僕は何としてでもベースキャンプまで行きたいという強い思いは残っていた。
もし行けなかったら、旅に出た意味がないとさえ思っていた。
持って来た防寒具を全て着込み、靴下を二重に吐き、高山病の薬ダイアモックスを飲んだ。
その後も、なかなか寝付けず、ダイアモックスの利尿作用のせいで何度かトイレには行ったが、ひたすらじっとして何も考えず、呼吸することだけに集中するようにした。
気づくと窓から強い太陽光が差し込み、バタバタとロッジを歩き回る足音がしていた。
時計を見ると10時。
何とか明け方には眠りに落ちることができたようだ。
喉は相変わらず痛かったが、頭痛や吐き気は無くなり、比較的すっきりしていた。
エベレスト・トレッキング6日目
この日は高度順応のためにディンボチェにもう1泊する予定だった。
その間、近くにある4,700m程度のチュクンへ日帰りで行こうと思っていたが、大事をとり、ディンボチェの周囲を散歩するだけにした。
エベレスト・トレッキングは、特殊な技術は不要で、誰でも挑戦可能だ。
だが、その標高の高さ故に、高山病にかかる確率が非常に高い。
無事ベースキャンプまで辿り着くことができるのは3人に2人、さらにそのうち1人は、途中で一度下山するか、又は体調悪化により予定外のロッジ延泊を余儀なくされている。
統計上はこんな確率らしい。
ここまで登ってくる間にも何度もレスキューヘリが頭上を飛んで行くのを見た。
ナムチェに滞在していた際には、数日前にオーストラリア人が高山病で亡くなったという話も聞いた。
高山病の症状が続く場合、解決方法は下山しかない。
少しでも標高を下げれば体調が回復することが多い。
この辺の判断は、登山慣れしたネパール人のガイドがいればやってくれるが、僕の場合は一人だ。
思考が冷静に働いている間に、自分でリスクの判断をしなければならない。
自分もいったん下山した方がいいのだろうか・・・
外へ出てみて目に入ってくる景色は圧巻だった。
空は晴れ渡り、遠くに雪がかった山が見える。
森林限界を越えているため、木々も姿を消し、たまに小さな草むらがポツポツあるだけ。
この先へ進みたい。
このとき、そう強く思った。
昨晩見た夢が暗示するような、自分の気の迷いについても考えていたが、とりあえずこの瞬間は目の前の目標に全力で挑むしかない。
その後、ディンボチェの集落の端まで歩いて来たとき、タンボチェのロッジで一緒だったブラジル人カップルに再会した。
エベレスト街道では、一緒に登山していなくても、ルートがほぼ1本道なため、何度も同じ人に会うことが多い。
彼らは母国を出て中古車を買って半年間かけて北米大陸をアラスカまで駆け巡り、現在アジアへ渡って来てこのトレッキングに挑戦している。
僕に気づくとすぐ声をかけてくれ、ミルクティーを飲みながら一緒に昼ごはんを食べた。
絶対ベースキャンプまで行こうぜ!
こんな、何気なく交わした会話が勇気をくれる。
孤独に落ち込んでいるときほど、仲間が増えると嬉しくなる。
今は幸い喉が痛いだけ。
1日ディンボチェでゆっくりしながら様子を見て、高山病の症状が再発しなければ、先へ進もう。
そのように判断した。
エベレスト街道のロッジには、どこにも大量のミネラルウォーターが置いてある。
これは標高が高いエリアでよく見かけるシェルパというブランドの水。
高山病予防のためには、深呼吸の他に、多めの水分の摂取が重要。
標高4,000m以上では、ミルクティーやコーヒーなどの他に、1日に4リットル程度の水を飲むようにといわれているが、僕にはこれがやや不足していたように思える。
毎日、十分な水を飲み、予防としてダイアモックスを半錠飲むことにした。
(トイレに行く頻度は倍増したが。)
高山病にかかってしまうと、まるで悪魔に取り憑かれたかのように辛い状況に陥り、思考が止まってしまう。
健康な状態のときから科学的に予防策を講じていくようにしたい。
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