2017年5月某日。
俺達はキルギスの首都ビシュケクで、次へ進む国のビザの発行を待っていた。
旧ソヴィエト圏である中央アジアで政府の監視は厳しく、たとえ人畜無害なツーリストであってもそう簡単に入国を認めてくれない国はいまだに多い。
時間を潰さなければいけないが、ここキルギスはそんなに観光資源に恵まれている国ではない。
東のイシク・クル湖や天山山脈方面に出かけることもできるが、ネパールのヒマラヤへトレッキングに行ってから、広大な自然については少しお腹いっぱいの気分だ。
今の俺は、もっと何か、刺激的で、危険を感じさせるものを欲していた。
そんなときにとある情報が飛び込んできた。
何でも、宿泊していた宿からそれほど遠くない場所に、ビシュケク中の”ヤバい奴ら”が集まるスポットがあるというのだ。
ベルリンで壁が崩壊し、ソヴィエトが解体され、一時期の混沌としていた世紀末ももはや過去の時代。
治安は回復し、平穏を取り戻しつつある現代で、まだそんな集会が開かれているなんて・・・
いや、そんな時代だからこそ、やり場のないフラストレーションを抱えた若者たちが、危険な行為に及んでしまうのかもしれない。
この情報は俺達の探究心を強く刺激した。
危険なのは承知だ。
旅行者風情が気軽に乗り込んではいけない場所のはず。
しかし俺達は世界中を旅するバックパッカー。
一度高揚した好奇心を抑えることなんてできない人間だ。
次の瞬間、俺はその集会場に電話していた。
電話番号は”奴ら”の闇サイト(どうやらインスタグラムというらしい。)を探し当てて知っていた。
3回のコールの後、男が電話に出た。
少し緊張が走ったが、俺達は行かなければならない。
合言葉は分かっている。
Are you a RocknRolla ?
約束の時間になり、俺達は指定の場所へやって来た。
Berbarshop Rocknrolla
どうやらここが奴らのアジトらしい。
一見普通の床屋のようだが、カモフラージュに違いない。
冷戦時代でも、反政府・体制集会なんてものは、一見普通の喫茶店やバーにしか見えない店で行われていたものだ。
俺たちは秘密警察に尾行されていないか周囲を確認し、帽子を少し目深に被って中に入った。
店内はなかなか広く、清潔で、70年代のアメリカン・ロックスタイルを思わせる洒落たデザインだ。
洗髪台の蛇口やシャワーヘッドも実につくりこまれている。
ダーツも置いてあり、遊びを演出している。
いやしかし待てよ、このアメリカとイギリス国旗のデザイン・・・
やはりこの店は反体制組織の集会場ではないだろうか。
もし不穏な動きを見せれば、このダーツで俺達を”串刺し”にするつもりかもしれない。
店にはオリジナルTシャツやジャケットも売られていた。
奴らは仲間内ではユニフォームを一定に統一しているのかもしれない。
しばらく待っていると、ボスらしき男が何か飲むかと聞いてきた。
だがここは床屋ではないのだろうか。
不思議に思っていると、突然、ドンっと俺達の前に瓶ビールが置かれた。
Welcome
男はそう言うとニヤリと笑った。
この展開には驚きを隠せなかった。
やはりここはただの床屋ではない。
一体今から何が始まるのだろうか・・・
そしてボスが奥に座っていた、静かな迫力を醸し出す男に声をかけた。
おい、ゲストが来たぜ。
男が立ち上がる。
どうやら儀式が始まるようだ。
男の名はロマンといい、以前はあの魑魅魍魎が巣食う露西亞(ロシア)の莫斯科(モスクワ)で暗躍していたとのこと。
本名なのか、当局の目を逃れるためのコードネームなのかは定かでない。
この世界ではそんなことは重要ではないのだ。
身長190cmはあろうかという長身に、全身に施したタトゥー。
彼と対面しただけで、身体中に電気が走った。
俺達はもはや逃げることなど許されない状況下にある。
このとき、肉食動物に捕獲された草食動物の気持を理解することができた。
彼は静かに、そこに座れと大きな鏡の前に設置された、ゆったりとした椅子を指差した。
俺は抵抗するのを諦め、腰を下ろした。
まるで秘密結社の連中が着るような、漆黒のローブで体を包んだかと思うと、彼は即座にバリカンを後頭部に差し込んだ。
その動きは非常に滑らかであり、もちろん避けることなどできない。
少年期にいくつか武道をたしなんでいた自分でも、視覚で捉えきれない動きだった。
半年以上にも及ぶ旅で伸びきった髪の毛を容赦なく捌いていく。
もはやなされるがままの状態だ。
会話はない。
いや、不要なのだ。
彼が自分のイメージに合わせてひたすら作業するのを待つこしかできない。
凄まじい集中力が場を包み込む。
今度は入念に研がれた鋭い刃を突きつけられる。
あまりの恐怖に目をつぶるしかなかった。
もしや組織の名前が入ったタトゥーでも掘られているんではないだろうか・・・
姿は見えないが分かる。
彼の動きには一瞬の隙もない。
もし気を抜いて体を動かそうものなら、きっと俺の体は”ワインのつまみの生ハムのように”スライスされてしまうに違いない。
ひととおり作業が終わると、今度は洗面台のそばに立つように言われた。
俺は両腕を後ろに回し、休めの姿勢をとったまま頭を下げる。
突如、冷たい感触が流れる。
水だ。
どうやら頭を洗われているらしい。
ソヴィエト時代の強制収容所でも、収容者達はこのようにして水攻めの拷問を受けたのだろうか。
そんなことを考えながら、実に繊細で丁寧な洗髪を終えると、再び鏡の前に座らされた。
彼は怪しい液体を取り、両手にまんべんなく行き渡らせると、俺の髪の毛を一気に後ろへ流し始めた。
そしてひととおりセットが終わるとようやく解放された。
1時間くらいだっただろうか。
あまりの緊張感だったため、解放された後、しばらくの間俺は放心状態になり、その場に座りこんでしまった。
まるで丸腰の全身に、鉛玉を受けたような気分。
これがキルギス。
これがロックンローラ。
これが髪の毛を着る前。
もともと癖っ毛なこともありボサボサ。
こちらが切った後。
”儀式”を終えたことにより、顔つきもかなりヤバくなっている。
ちなみに儀式の中、額の生え際とうなじ部分の二箇所を損傷、出血した。
この写真を見れば、儀式が如何に壮絶な戦いであったか、語るまでもなく理解いただけるはずだ。
サングラスをかけるともはや誰だか分からない。
これで俺も奴らの仲間入りってわけだ。
ボスは言った。
俺達は悪でも反体制でもない。
そんなのはガキがやることだ。
We are Rocknrolla, Welcome to Bishkek !
新しいスタイル。
新しい価値観。
新しい世界が広がる。
さあ行こう。
俺達も今日からリアル・ロックンローラなんだ。
〜 終 〜
あとがき
今回ご紹介?したのは、キルギスはビシュケクにある、Berbarshop Rocknrollaという理容店です。
営業時間: 10:00〜21:00
(たまに不定期で休む)
カット料金: 700ソム(約1,129円)
ただし男性のみ。
場所はこの辺。
キルギス駅近くで、前回記事で紹介したBellagioというイタリアンカフェの向かい辺りです。
周囲には日本大使館もあり、緑が整備された、綺麗な公園になっています。
カットを担当してくれるロマンさんは、モスクワで数年修行を積まれてからビシュケクで活動されているとのこと。
寡黙な方ですが、非常に丁寧で、確かな技術があります。
また、僕達が行った際には、ウェルカムドリンクでビールやコーヒーをご馳走していただけたりと、とてもホスピタリティに溢れたお店でした。
マネージャーの方は片言の英語が通じ、とても親切な方。
周囲からちょっと浮いている雰囲気はありますが、ヤバさとかはまったくありません。
その辺の床屋で切るより値段は高いですが、きちんと仕上げてくれます。
ということで、旅で伸びた髪の毛が気になる方、男前に、というかロックンローラー風になりたい方は、是非ビシュケクのRocknrolla.kgへお越しください。
もし記事がお役に立ちましたらシェアをお願いします。